第2回 「肥後の民話:飯田山と金峰山、二つの山の高さ比べ」

 肥後の国で「二つの山の高さ比べ」の話を聞いたことがありますか? 熊本市の東に見え、名前の通りお茶碗にご飯を盛ったような形の綺麗な飯田山と、西にそびえる金峰山です。この民話を今風に言い換えてみます。


はるか昔、飯田山はこの地域では高い山だったようです。周囲の山々や丘陵を見下ろしていました。一方金峰山は現在よりもずーと低かったのですが、徐々に成長していました。
 やがて飯田山と金峰山を囲む山々は、金峰山が飯田山よりも高くなるかもしれないとささやき合うようになりました。飯田山は金峰山に高さで負けたくないという思いから、ある日、飯田山は金峰山に大声で呼びかけました。
「おーい!金峰山。背が伸びてきたな。でも、俺の方が背は高いぞ!」
金峰山は飯田山に叫びました。「昔は低かったけど、今はもうあんたより背が高いはずだ!」、「いや、違うぞ!」飯田山は負けずに言った。「そんなに高いと思うなら、比べてみようじゃないか!」「分かった!」金峰山も同意しました。
 彼らは竹で長い樋を作り、その片方を飯田山の頭上に、もう片方を金峰山の頭上に置きました。そして、樋に桶一杯の水を注ぎました。すると、水は樋の下の方に向かって、つまり金峰山から飯田山へと流れていきました。これは飯田山より金峰山の方が高いという証でした。やがて樋は水の重みでたわみ、真ん中付近から水が溢れ出て、地上に落ちていきました。そこが今の江津湖だということです。


 「いいださん」というのは熊本弁(肥後弁)で、自分からは話をしかけないという意味で、その後飯田山は自分の背の高さを自慢したり、他の山と比べたりすることは決してありませんでした。このことがあって飯田山(いいださん)という名前が付いたとのことでした。
現在、金峰山の高さは665.1メートル、飯田山は431.2メートルです。


 なぜ、金峰山は飯田山との高さ比べに勝ったのでしょうか?
飯田山は今から8000万年も前に形成された堆積岩でできていますが、2000万年前頃この地域で造山運動が起こり、飯田山を含むこの地域は隆起して幾つもの山ができました。隆起した山々は風雨による風化・侵食を受けますので、飯田山を含めこの地域の山々は次第に高さが低くなっていきました。一方、金峰山はかつて活火山で噴火を繰り返し、噴火のたびに高さを増していったようです。金峰山が生まれた約15万年前、飯田山は金峰山より高かったのですが、金峰山が火山として成長していき、やがて飯田山より高くなったという地質学的事象を示しているのです。


 この話には地質学的事象を物語っていることと、もう一つは人同士の関係について、人は謙虚であるべきということを示す比喩でもあります。
 この民話は、昔の人は自然現象をあたかもその事象を見ていたかのように正しく捉えていて、その事象を人と人との関わりを正しくするために作った話とも考えられます。昔の人は偉いですね!!!

江津湖から西の金峰山を見る
江津湖から東の飯田山を見る